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「球が見えない」水谷隼 それでも勝てる理由とは

 横内由可と申します。現役時代は体操、クレー射撃と2種目で日本代表として国際大会に出場していました。今回は「この1年、球が見えない」と衝撃の事実を公表した卓球TリーグのシーズンMVP・水谷隼選手について書かせて頂きます。

 

 東京五輪を目前に卓球ファンの皆様にとって大変心配なニュースであったかと思います。対戦相手の動作を瞬時に判断しながら球を打ち返す卓球において、その球が見えないことは選手として致命的です。水谷選手は自分の目の症状について「日常生活には支障はない。でも“特定の条件”になったときに球がまったく見えない。つまり、卓球台の周囲が暗くて、台だけ白い光が当たっている。そして周囲が電光掲示板で囲われている場合、ほとんど球は見えていません」と明かしています。

 

 私も数年前に卓球のワールドカップ観戦に会場へ足を運んだことがありますが、選手のユニフォームはおしゃれになり、卓球台はライトアップされ、スポンサーの電光掲示板がにぎやかに並んでいたことに大変驚いた記憶があります。劇的な環境の変化は近年の卓球人気の象徴ともいえるでしょう。卓球は観客やスポンサーを魅了する競技へと進化を遂げました。一方で、このような賑やかになった会場の環境が水谷選手を苦しめることになっていたのです。

 

 そこでご紹介させていただきたいのがクレー射撃についてです。クレー射撃は屋外で行われる競技なので、その背景は砂漠、牧場、海、山の断面、建物、空など様々。更に時間帯によって日差しがまぶしかったり、日によって天候、温度も様々です。ちなみに日本の射撃場は山を切り崩した断面に向かって撃つことがほとんどですが、タイのある射撃場は撃つ方向の正面にアパートがあり、その窓の外には洗濯物が干されているため飛び出したクレーがとても見にくかった経験があります。しかし、これらの環境は選手にとって変えることができない、どうにもならないことなのです。

 

 水谷選手にとって球が見えないという目の状態は突然起こったことではないでしょう。トップ選手ならではの繊細な感覚を持っているからこそ、気になる微細な違いなのだと思います。それでもなお、日本のトップ選手として君臨する水谷選手は目をカバーする他の感覚がより磨かれているのかもしれません。これから先も更なる体の変化を経験すると思いますが、年齢を重ねながら選手としてやっていく難しさなのです。この切なさ、悔しさ、辛さなどを乗り越えて東京五輪で活躍されることをファンのみなさまと共に心より願っています。

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横内由可(よこうち・ゆか) 1977年3月21日、東京都生まれの41歳。 9歳で器械体操を始める。13歳の時に朝日生命体操クラブへ。すぐに全日本選手権大会で個人総合7位入賞を果たし、高2年時にインターハイで個人総合2位に。同年にドルトムント世界選手権に出場し、段違い平行棒の降り技で新技D難度の「ARAI」が誕生。技に自分の名前を持つのは日本女子体操史上3人目の快挙だった。18歳で異種目のクレー射撃へ転向。日本代表で活躍し、02年の釜山アジア大会では団体で銅メダルを獲得。現在は異色の経験を活かし、トップアスリートの人生を応援する「トップアスリート・コンシェルジュ」、パーソナルトレーナーやスポーツコメンテーターなど幅広く活動している。