高橋塁連載第1回 独立リーグから球界再復帰した左腕が切り開いた夢物語

f:id:imp0201:20181211163747j:plain


 高橋塁と申します。私は10年より横浜ベイスターズ(現DeNA)にアスレチックトレーナーとして採用され、2015年までの6シーズン在籍していました。現在はプロスポーツトレーナーとして活動しています。今回から連載記事を行わせていただくことになり、読者の皆様のご要望に応えられるような情報を配信していきたいと考えています。よろしくお願いします。

 

 1回目の今回は独立リーグ・富山GRNサンダーバーズからDeNAに復帰した古村徹投手についてお話しさせて頂きます。古村投手は11年に茅ヶ崎西浜高からドラフト8位で入団しました。この年は1位が北方悠誠投手。2位が高城秀人捕手、4位が桑原将志外野手、5位が乙坂智外野手と本指名で9人中8人が高卒の選手でした。

 

 古村投手は12年の新人キャンプで2軍スタート。他の高卒の指名選手と比べてもまずは体作りからという印象でした。左肩の故障などもあって満足な結果を残すことできず、15年から打撃投手として裏方に転身しました。私自身は1軍担当だったため、2軍生活が続く彼と接する機会は少なかったですが、彼が打撃投手になってからはトレーニングルームで熱心に体のケア、トレーニングする様子を見て感心していました。また、私は当時DeNAの選手たちから不要になった野球道具を頂き、古巣の香川オリーブガイナーズの選手たちに送っていました。古村投手も群馬ダイヤモンドペガサスでプレーする同期の伊藤拓郎選手(現新日鉄住金鹿島)に送る為、一緒になって野球道具を回収する手伝いをしてくれたのも良い思い出です。

 打撃投手だった古村投手から「現役に復帰したい」と驚きの相談を受けたのは15年のシーズン終盤でした。私は香川オリーブガイナーズと愛媛マンダリンパイレーツにトライアウトを打診し、愛媛マンダリンパイレーツに入団することができました。2年間、愛媛でプレーし、今年は富山でNPBに復帰するために、現役を続けました。独立リーグの環境はNPBと比べ、皆さんが思う以上に過酷です。専用のクラブハウスもなく、練習場を日々転々とする毎日です。プロといえども食事も毎食自炊です。そんな過酷な環境の中、3年間の独立リーグでの武者修行を経て球速も150キロ近くまで上がり、今オフにDeNAと再契約を結びました。自分の夢をあきらめず、道を切り開いた彼の努力には頭が下がる思いです。

 

 今オフは巨人の大型補強で話題が持ち切りですが、古村投手のNPB復帰こそ、もっと取り上げられても良い出来事だと私は思います。彼の紆余曲折の野球人生こそが、プロ野球選手を目指して頑張っている野球少年や独立リーグの選手たちの大きな夢物語になるのではないでしょうか。左腕を目いっぱい振り、DeNAの救世主になる活躍を心から祈るばかりですね。

高橋塁(たかはし・るい) 香川県出身。理学療法士、NSCA認定CSCS、JATI認定トレーニング指導者。理学療法士免許を取得後、07年から香川オリーブガイナーズでトレーナー、10年から横浜DeNAベイスターズでトレーナーを務める。16年よりプロスポーツトレーナーとして独立。徳島大学医学部博士課程に在籍し、スポーツ障害の研究を続けているほか、中高校生のアスリートを中心にトレーナー業を行っている。