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右利きだったのに左投げになった選手は球界を代表する左腕がズラリ 

 生まれつきの利き手が環境や親の勧めによって変わったケースは少なくない。以前に紹介した左利きが右投げになった選手として、巨人・坂本勇人、丸佳浩、岩隈久志、阪神・鳥谷敬らを紹介したが、逆のケースもある。元々利き手が右手だったのに左腕に転向した選手をひも解くと、江夏豊(元阪神)、鈴木啓示(元近鉄)、杉内俊哉(元巨人)ら球界を代表する左腕ばかり。元は右利きの左腕に名投手が多いのは偶然か。非常に興味深い。

 

・江夏豊(元阪神)

 最多勝2回、最優秀救援5回を獲得し、日本記録のシーズン401奪三振をマークした伝説の左腕。子供の頃は右利きだったが、兄から「お前は左でやれ」と左利き用のグラブを買い与えられ、強制的に左利きへと矯正されたという。

 

・鈴木啓示(元近鉄)

 プロ野球歴代4位の通算317勝をマーク。先発での勝利は288勝で歴代トップの左腕。[元は右利きだったが、4歳の時に右腕を骨折した際、プロ野球選手に育てたいという父親の意向で左利きになった。

 

・杉内俊哉(元巨人)

 ソフトバンク、巨人で先発の柱として活躍。脱力してゆったりとしたフォームからリリースの瞬間に一気に力を爆発させる投法はアマチュア選手のお手本とされることが多い。右利きだったが、サウスポーが好きだった母の勧めで左腕に。食事や字を書く時は右手を使う。

 

・井川慶(元阪神)

 03年に20勝をマークするなど阪神のエースとして活躍。左腕から落差が大きいチェンジアップ、スライダーを武器に打者を翻弄した。茨城県の大洗野球スポーツ少年団で野球をはじめ、小学生までは右投げだった。

 

・今中慎二(元中日)

 150キロ近い直球と90キロ台のスローカーブで三振の山を築いた本格派左腕。本来は右利きだが、小学生の時に近所の中年女性から左利き用のグローブをもらって使い始めたことがきっかけで、左投げになった。

 

・野村弘樹(元横浜)

 左腕から正確無比なコントロールを武器に横浜(現DeNA)で、93年に17勝をマークして最多勝を獲得。98年に球団史上38年ぶりとなるリーグ優勝にも貢献した。右利きだが、父親が左利き用のグローブを持っていたので左投げに。現役時代は右投げでも遠投50メートルを投げたという。

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