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意外に知らない日本最初の元号 5年後に改元された理由も面白い

 あす4月1日に新たな元号が決定し、菅義偉官房長官が発表する。元号の歴史は古い。明治以降は天皇一代に一つの元号が定められる「一世一元」が確立したが、それ以前は改元が頻繁に行われていた。災害、干ばつ、大火災、水害など自然災害が原因で改元した例が多い、平均して5年半に1度のペースで改元を繰り返していた。その数は平成まで247にのぼる。

 

 では最初の公的な元号は答えられるだろうか。実は歴史で習った知識で有名な言葉なのだ。正解は645年の「大化」。中大兄皇子、中臣鎌足が当時絶大な権力を誇っていた蘇我入鹿を暗殺。天皇を中心とした律令国家成立を目指し、政治的改革を行った「大化の改新」は歴史の授業で学んだだろう。この大化が日本最初の元号だ。孝徳天皇が即位した645年から実施された。ただこの大化は5年で終わる。穴戸国(現・山口県西部)の国司が希少価値の白い雉(キジ)を献上したことがめでたい出来事とされ、孝徳天皇が650年に「白雉」に改元した。

 

 実は元号には2度の空白期間がある。白雉5年に孝徳天皇がなくなり、斉明天皇が即位したが新たな元号を定めなかった。元号が32年間ない時期が続いた後に、天武天皇が朱鳥と改元したが9月に逝去。再び15年間新たな元号が定められなかった。元号が継続的に使われるようになったのは文武天皇から。対馬(現・長崎県対馬市)から金を貢がれたことを記念して大宝元年(701年)と定められて以来、平成の現在まで年号が続いている。世界を見渡しても1300年以上の長い期間で元号が続いているのは日本だけだ。 

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