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1球団で名球界に入った3選手が生まれた伝説のドラフト

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 名球界はごく一握りの選手しか到達できない。野手は日米通算2000安打、投手は通算200勝、または250セーブが入会基準になっている。今季はソフトバンク・内川聖一、ロッテ・福浦和也が通算2000安打を達成。福浦の42歳9か月での到達は史上2番目に遅い記録だった。

 

 現在のところ、名球界入りした投手は20人、野手は52人。80年以上のプロ野球の歴史で計算上は1年に1人も生まれない。希少価値の大記録だが、恐るべきことに同じ球団から指名を受けて入団した3人が名球界入りしたという伝説のドラフトがある。

 

 68年の阪急のドラフトだ。この年は1位に山田久志(富士製鉄釜石)、2位に加藤秀司(松下電器)、7位に福本豊(松下電器)が入団している。各選手の活躍は論じるまでもないだろう。

 

 山田はアンダースロー投手としてプロ野球最多の通算284勝をマーク。「史上最高のサブマリン」として阪急黄金期のエースとして君臨した。実は67年に西鉄からドラフト11位で指名されたが入団拒否している。翌68年の阪急に1位指名された際も脊髄分離症だったため、富士製鉄釜石でリハビリに励んだ。腰痛が完治した翌年8月から途中入団し、球界を代表する大エースへの階段を駆け上った。

 

 加藤は膝を深く曲げ、折り畳むように構える独特の打撃フォームでミートセンスが抜群だった。首位打者2回、打点王3回を獲得するなど強力打線のクリーンアップを担った。83年から広島、近鉄、巨人と渡り歩いた。87年に南海に移籍すると同年5月7日の阪急戦で本塁打を放ち、通算2000安打を達成。相手投手は同期入団の山田だった。

 

 福本は7位指名と上記の2人に比べれば入団時の期待値は低い。松下電器で後輩・加藤の試合を視察に訪れたスカウトの目に留まったことでプロ入りの道が開けた。1年目から外野の定位置を獲得すると、2年目から13年連続盗塁王を獲得。4年目の72年に達成したシーズン106盗塁は未だ破られない日本記録だ。NPB通算1位の1065盗塁で「世界の福本」「世界の盗塁王」の異名を取ったが、安打を打つ技術も高かった。シーズン最多安打を4度マークするなど現役通算2543安打を積み重ねた。

 

 球史に語り継がれる記録を残した3選手が入団した68年ドラフトで、阪急は15人を指名したが8人が入団拒否している。その中には12位で指名した門田博光(クラレ岡山)の名前も。門田は翌69年にドラフト2位で南海に入団し、プロ23年間で通算2566安打、567本塁打と左のスラッガーとして名を刻んだ。門田が68年に阪急に入団していたら同一球団のドラフトで4人の名球界選手が誕生していた可能性も。阪急スカウトの慧眼には目を見張るばかりだ。